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ある日の「柏屋」
湯ゆー湯ゆー気分! -宿日記- |
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鄙びた雰囲気が魅力の秘湯の宿(9月12日泊)
──────────────────── 午後4時19分、矢板市内の「泉」交差点を左折、県道56号線(下塩原矢板線)で塩の湯(柏屋)を目指した。台風一過だが、高原連峰は笠雲がおおい、時折雲間から光りが差し込んだ。秋雨前線の到来かもしれない。八方ヶ原への道ぞいには、萩の花が咲きはじめた。5時10分、柏屋に到着。退屈して“ふて寝”していたプーが起き上がり、散歩をせがんできた。
雨に洗われ、きれいになった山道をプーと辿る。鹿股川の瀬音が、下から力強く聞こえてきた。プーは、今日は首綱から解放され、嬉しそうに思いのまま動いている。宿の主人の話では、明治から大正の頃、塩の湯に「天狗たばこ」の岩谷松平氏の別荘があった※1 という。トレ−ドマークの真っ赤な出立ちで、芸者衆と並んで塩の湯を闊歩する姿を想像してみた。
この日は別荘(旧舘)に泊まる。6時16分、館内風呂から上がると、夕食は地階の食堂 ※2 へ。山家料理に舌つづみを打った。
大正モダニズムの雰囲気が残る旧舘は、昭和10年の建築。数年前に化粧直しが施された。奥まった塩の湯は静寂で、静養・保養に最適と言われる。先代はその静寂さにこだわり、窓を二重窓に替えた。二重にすると外界の音は遮断され、よりいっそう静かな空間が生まれる。 朝5時50分、目覚める。ぐっすり休めた。窓はもう明るかった。雲がゆったり流れている。対岸山頂部の松林が明らんできた。雲上には太陽が輝いている。ワイルドな露天風呂と鄙びた雰囲気が、何とも不思議な魅力を放つ、どこかタイムスリップした感じの秘湯の温泉宿、柏屋旅館。最近インターネットを楽しむ人たちの利用が増えてきた。賢い人は有給休暇を上手く使って、平日プランで訪れるという。宿泊者は7種類ある露天風呂を何種類でも貸し切り利用(無料)できるから、確かに平日のほうがゆったり気分でのびのびと入れそうだ。
朝食をとって午前8時50分頃、フロントで尋ねると、一番人気の露天風呂「雷霆(らいてい)の湯」が空いていた。早速、湯小屋入口の鍵を借りて、地階から赤い鉄製の階段を下り、急傾斜のつづら折りの小道をたどる。とんぼが飛び交っている。勇壮な川音が聞こえてきた。
このところ、続けて二つの台風が日本列島を襲った。この日は、二つ目の台風が去ってまだ二日しか経っていなかったが、川はすでに澄んで、瑠璃(るり)色のきれいな清流に戻っていた。 台風の後、湯守は多忙だ。増水すると、流木や倒木などが流れ出し、暴れ、湯小屋が壊されることもある。数年前、「雷霆の湯」小屋は流され、これまでに二度ほど建て替えられた。今回の増水は、湯舟の下辺りで止まったというが、川底の「川岸の湯」は階段付近まで水に浸かった。二日間かかりっきりで掃除に追われた。伝統の湯を守ることにも、苦労は尽きない。 ひんやりとした空気、勇ましい川音に包まれながら、湯舟に浸かる。湯けむりがたなびく。3、4分もすると、気分はきれいにほぐれてきた。鹿股川の奥行きのある景観は、なかなか見応えがある。湯温はちょうど良かった。しばらく、そのままじっとしていた。(2001.9.12泊)
※1 明治のたばこ商たちは、さまざな媒体を使って宣伝合戦を繰り広げた。なかでも東京の岩谷(いわや)商会と京都の村井兄弟商会の“たばこ宣伝合戦”は有名。岩谷氏の別荘は、柏屋から少し先の松林の川縁から赤い鉄橋が架けられ、川の対岸にあったという。その面影は今はもうない。
※2 別荘の泊り客の夕食は食堂になります。 宿日記「ある日の『柏屋』湯ゆー湯ゆー気分」 |